【浮世絵の光と影】
2018年9月4日(火)〜12月2日(日)
上方浮世絵館では、江戸時代の大阪で作られていた浮世絵を展示しています。大阪の浮世絵は、歌舞伎役者を描いた役者絵が多く、色あざやかな浮世絵からは当時の舞台をうかがう事ができます。
浮世絵は19世紀のヨーロッパへ影響を与えたことはよく知られていますが、特に浮世絵の平面的な表現はそれまでの絵画の常識を覆したといわれます。そのような表現のなか、役者絵において舞台に颯爽と立つ役者を描くために、「光」と「影」でさえも簡潔な線で描かれます。
そこで、今回の展示では舞台をいろどる「光」と「影」に注目します。人の足もとに必ずある影を描写しない浮世絵において、どのように明暗を表現しているのかにスポットをあてます。真夜中でも明るい現代では見えない「光」と「影」を、どうぞご覧ください。
描かれた光
役者絵に限らず人物を描く多くの浮世絵は、画題となる役者や美人に視線が集中するよう、すでにクローズアップされています。そして浮世絵師は流行を取りいれ、人物の全身あるいは上半身を魅力ある姿に描写しています。つまり、浮世絵に描かれる人物は、つねに視線というスポットがあたっている状態です。
暗闇の中であっても描かれた人物がはっきりと見える浮世絵において、暗さは「光」の通る筋を見せることで表現されました。「光」が照らす線を描くことで、「光」と「影」を分け、暗く見えないはずの部分をもあかるく描写しています。
「光」を強調することで「影」が描かれています。
夜を照らす光
電気による照明の無い時代、夜を照らすあかりはろうそくをはじめとする炎でありました。しかし当時のろうそくは高価であり、特別な夜に使用するものでした。
普段は油に灯心を浸してともす行灯が主に使われ、浮世絵にもさまざまなデザインの行灯が描かれます。行灯に比べ格段に明るいろうそくは、龕灯や提灯など夜の外出の供としても重宝されました。
芝居のなかでは、差金と呼ばれる棒の先へ焼酎を浸した布に火をつけたものを使い、真っ暗な夜の場面に「人魂」が登場することもあります。暗くした芝居小屋内をふわふわと浮かぶ光は、役者たちの姿を幻想的に照らしたことでしょう。
黒は見えない
歌舞伎芝居において「黒は見えない」という約束事があり、舞台上で全身黒の衣装で役者の演技を支える「黒衣くろご」のように、「黒」は観客には見えていないという了解があります。
また、「だんまり」と呼ばれる演出では、なにも見えない暗闇の中を、役者たちがセリフ無しにまさに手さぐりのように立ち回る場面があります。「だんまり」の多くは、一座の役者を披露する役割をも担っており、観客からはその姿が見えなければなりません。つまり、目の前を覆うような暗闇の「黒は見えない」となっています。
浮世絵においても「影」は「黒」で表現されるものの、役者たちの姿はよく見える描写は、役者の姿を遮る「黒は見えない」を踏まえているともいえます。
色としての黒
浮世絵の黒色は「墨」が用いられます。浮世絵の制作方法がまだ墨一色で摺り、他は筆で彩色していた頃には、膠の成分が多い墨を使うことで漆塗りのようなツヤを出す「漆絵」と呼ばれるものがありました。また、「つや摺」と呼ばれる技法は、黒地の着物の上に光沢による文様をつけることができました。