第82回企画展

【芝居の小道具 扇】
第82回企画展 2022年5月31日(火)〜2022年8月28日(日)

上方浮世絵館では、江戸時代の大阪で作られていた浮世絵を展示しています。大阪の浮世絵は役者絵が多いことが特徴です。その役者絵には、道頓堀で上演されていた歌舞伎芝居に出演する役者たちが主に描かれました。

役者絵は、役を演じる役者たちの姿が中心となりますが、芝居の背景となる大道具、役者たちの衣装や小道具など、舞台の様子も細やかに描かれます。多色を用いる浮世絵版画の特色をいかし、当時の華やかな舞台の様子をうかがうことができます。特に衣装や小道具は、当時の身分や役柄に合わせたものが用いられ、芝居の世界観をあらわしています。

そこで今回の展示では、芝居に用いられる小道具の中でも「扇」に注目します。風を送り涼をとる役割だけでなく、舞踊の中で盃に見立てたり、口元を隠す仕草に、あるいは武将が軍勢を指揮するアイテムにと、さまざまに用いられます。それぞれの役柄において「扇」がはたす役割から、芝居の醍醐味をどうぞご覧ください。

芝国 画
初代嵐橘三郎(鎮西八郎)


持ち道具としての「扇」
奈良時代に儀礼などで使われてきた「団扇(だんせん)」は、中国から伝わったのに対し、折り畳むことのできる「扇」は平安時代ごろに日本で発明されたと言われています。扇は、日本から中国へ渡り、中国からヨーロッパへと伝播していったといわれています。

芝居のなかの扇は、暑さをしのぐため以外に、それを手にすることによって舞台の背景となる時代をあらわし、また役柄の身分や地位を示すことができるといえます。役者たちがどんな「扇」をもって役を演じているか、ぜひ注目してみてください。

「檜扇(ひおうぎ)」
薄い板をかさねて扇状にしたものの総称で、儀礼にも使われていました。芝居の中では公家の持ち物であることが多く、『六歌仙』など平安時代を背景とする演目で使われています。

「舞扇(まいおうぎ)」
舞踊に使われる扇で、男女の役を問わず小道具として使われます。扇のもつ特性を活かし、広げれば盃などの酒器となったり、閉じれば刀に見立てたりと、変幻自在な道具でもあります。

「女扇(おんなおうぎ)」
表が金・裏が銀の小ぶりなものをさし、身分ある女性を表します。

「中啓(ちゅうけい)」
閉じていても少し広げているようにみえる扇で、身分の高い役の際に持ちます。正式な儀礼には「檜扇」に次ぐもので、松羽目物や時代物の小道具として『菅原伝授手習鑑』などによく登場しています。

「軍扇(ぐんせん)」
武将が陣中において用いていたもので、表に金や朱色で日の丸が描かれます。

「軍配団扇(ぐんばいうちわ)」
川中島の合戦で上杉謙信の太刀を武田信玄が鉄製のこれで防いだとされ、また相撲の行司が勝負を指し示す道具としても使われています。「唐団扇(とううちわ)」とも呼ばれ、陣の配置をうらなう方角や陰陽などが表され、軍勢を指揮する道具として用いられました。

芝居のなかの「扇」
扇は小道具としてだけでなく、芝居や演技に大きく関わる場合があります。ここでは芝居の中で重要な役割を果たしている扇を取り上げます。
『源氏物語』の夕顔の巻に、光源氏が扇に夕顔の花をのせて歌を送られる場面があるように、扇には歌や感性がそえられる場合があります。『けいせい筑紫つまごと』では、娘みゆきは予期せぬ恋人との別れに、朝顔の歌をしるした扇を小船に乗る阿曽次郎へと投げ入れます。

扇は結界をつくる意味を持つことから、挨拶や口上などを行う場面で扇を前におくことで、相手への敬意を示す空間があらわれます。さらに『一谷嫩軍記』では、義経は広げた扇の骨の隙間から首実験の検分をします。首実験の作法でもありますが、扇が首との間に結界をつくっていることを意味しています。また、『仮名手本忠臣蔵』の一力茶屋の場面での、大星由良之助が本心をみせる表情を扇で隠す仕草も、扇が結界としての役割を果たしています。

『四海平清盛』では、平清盛が厳島神社の造成を完成させるために太陽を呼び返す場面では、扇を振りかざしています。『彦山権現誓助剱』では、仇討ちへの旅立ちを鼓舞するようにお園が扇をふりあげる様子が描かれます。扇をかかげる仕草が、風だけでなく人物の心情を相手へ送る様子をも表現しているといえるでしょう。

文様としての扇
扇は「末広(すえひろ)」ともよばれ、その形は繁栄をあらわす縁起の良い吉祥文様となりました。役者絵の衣装には「檜扇」を文様化したものがみられ、平安貴族のイメージとかさなり、華麗な文様となっています。

また、尾上家の家紋は「重ね扇に抱き柏」がもちいられており、初代菊五郎が贔屓から扇にのせた柏餅を頂戴し、それを扇でかさねて受け取ったことにちなんでいるといわれています。