第60回企画展

【衣装をいろどる植物文様】
2016年6月7日(火)〜2016年9月4日(日)

歌舞伎芝居は今でも四季折々の自然を背景に演じられ、日本の美しい風景をも楽しむことができます。
また、役者たちがつける衣装には、舞台の場面やストーリー、役にちなんだデザインがとりいれられ、当時のはなやかな舞台を浮世絵から見ることができます。

そこで今回の展示では、衣装をいろどる文様のなかでも植物の文様について取りあげます。
季節を表現するうえで、植物は自然の象徴でもあり、日本人の美意識にも通じます。四季の花々があしらわれた衣装に、ぜひご注目ください。
info60寿陽堂とし国 画「雪国嫁威容」市川甚之助…蒲生結城之助


植物名​
【松】​
冬でも落葉しない常緑樹【松】は、古来より吉祥文様として使われてきた。雪がつもれば冬に、新芽を描けば若々しく、枝をのばせば重厚にと、表現の幅が広い。歌舞伎では衣装の文様だけでなく、松羽目物とよばれる演目では、能舞台を模した舞台の背景に大きく老松が描かれる。

【梅】
厳しい寒さの中いち早く咲く【梅】は、逆境に耐えて咲く花であり、縁起のいい文様として使われてきた。特に菅原道真が梅を愛でたことから、天神信仰と深く結びついている。道真が登場する演目《菅原伝授手習鑑》では、菅相丞の梅鉢紋をはじめ、【梅】にまつわる文様が多く使われている。

【桜】​
満開に咲く【桜】のもとで花見に興じるのは、今も昔も変わらぬ景色のようで、浮世絵にも描かれている。【桜】は見事に咲いていさぎよく散ることから、武具などにも文様として取り入れられている。また、《釣枝》とよばれる舞台の上部から下がる花の装飾にもなっている。

【藤】
【藤】は日本に自生する蔓性の植物で、他の木にまきついてのびる。可憐な花房は観賞用として親しまれ、かたちが稲穂に似ることから豊作の予兆と珍重された。歌舞伎舞踊《藤娘》では、大津絵に描かれた藤の枝を担いだ娘が登場し、舞台には無数の藤の花房が下がっている。

【杜若】 
「いずれあやめかかきつばた」の言葉とおり、アヤメとカキツバタおよびハナショウブの区別はつけがたい。『伊勢物語』のなかで、在原業平が「からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思ふ」と八橋にて詠んだことから、【杜若】は細い板橋と組み合わせた文様も多い。

【菖蒲】 
【菖蒲】は【杜若】らアヤメ科とはことなりサトイモ科で、葉が刀のような形をしている。独特の香りをもち、「尚武」の音と通じることから、武士の文様として好まれた。端午の節句の《菖蒲湯》につかわれるのはこちらである。“菖蒲革”は、花と葉を簡略化したデザインを革に染めたものをさす。

【牡丹】
江戸時代に観賞用の栽培が流行し、大輪の花から「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」と美人を形容する。百獣の王“獅子”と百花の王【牡丹】を組み合わせた“唐獅子牡丹”は、能の「石橋」に由来する《獅子物》の衣装に多い。また、市川家の家紋“杏葉牡丹”に由来する趣向もみられる。

【朝顔】
江戸時代に品種改良が進み、多種多様の【朝顔】が栽培された。とくに珍しい《変化朝顔》は高値で取引されるほどであった。【朝顔】は浴衣などの文様に使われ、夏の朝の涼を表現する。背景に添えられることも多く、別添えの図の【朝顔】は「朝顔に つるべ取られて もらひ水」の句を思わせる。

【秋草】
秋草とは、秋の七草の【萩】【薄】【葛】【撫子】【女郎花】【藤袴】【桔梗】と、【竜胆】【菊】などがあげられる。これらは夏芝居の衣装に使われることも多く、秋の風情を表現することで涼感を与えてくれる。   

【菊】
中国から重陽の節句に菊酒をのむ風習が伝来すると、栽培だけでなく日本の意匠としても根づく。節句にちなみ流水との組み合わせや、尾形光琳(1658〜1716)から図案の“光琳菊”など、多種の菊文様がうまれている。三代目尾上菊五郎をはじめ一門は、“斧琴菊”などの菊文様を衣装に使っている。

【紅葉】
紅葉はカエデ科の【楓】が紅葉したものをさす。「ちはやぶる神世も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは」の和歌から、紅葉に流水との組み合わせを“竜田川”と称している。

【桐】​
【桐】には鳳凰がすむといわれ、桐紋は後醍醐天皇から足利尊氏へ下賜されてより武士羨望の紋であり、足利家から織田信長や豊臣秀吉にも与えられた。豊臣家の紋“五三桐”は秀吉をモデルとする役の衣装に使われ、その他、高師直など身分の高い武士の衣装に多い。