第78回企画展

【市松文様と芝居にまつわる文様】
2021年3月2日(火)〜5月30日(日)

上方浮世絵館では、江戸時代の大阪で作られた浮世絵を展示しています。大阪の浮世絵は、歌舞伎役者を描いた役者絵が多く、道頓堀の芝居で活躍した役者たちがいきいきと描かれます。

浮世絵には、歌舞伎の舞台に立つ役者たちの衣装が色彩豊かに表現され、繊細な文様も多色をつかって摺られています。役者たちが好んだ文様は、芝居贔屓の人々にも取り入れられ、浮世絵が流行発信の一役を買いました。

そこで今回の展示では、浮世絵に登場する文様の中でも、市松文様と芝居にまつわる文様に注目します。芝居の衣装の文様や役者が文様に込めた意味や工夫を、浮世絵を通して紹介します。これらは伝統的な文様でありながら、新たなデザインを生み出し、とくに市松文様はオリンピックロゴや人気漫画によって世界へ発信されています。お気に入りの文様をぜひ見つけてみてください。

春頂『傾城倭荘子』
百村百太郎(和田雷八)


市松文様とは
色の違う正方形を上下左右交互にならべたものを「市松」といいます。もとは「石畳」や「霰」と呼ばれ、とくに「霰」は「有職文様」として公家の装束に用いられる伝統的なものです。浮世絵のなかでも、平安時代の貴族「菅原道真」をモデルにした「菅丞相」の衣装にも「市松(霰)」がみられます。

この文様を「市松」と呼ぶようになったのは、江戸時代中期の歌舞伎役者である初代佐野川市松(1722〜62)が衣装に用いたことからはじまります。展示の東洲斎写楽による「祇園町の白人おなよ」(複製)は三代目ではありますが、「市松」を身に纏っている姿が描かれています。

「市松」は衣装に取り入れるだけでなく、舞台の小道具や背景にほどこされた浮世絵もあります。また、正方形を二重にしたり、それぞれの枠内へモチーフを入れ込むなど、単純な正方形のパターンでありながらさまざまなバリエーションをもたらす文様と言えるでしょう。

芝居と衣装
「市松」のように、役者が衣装にもちいたことから流行した文様もあれば、芝居の定番衣装として定着している文様もあります。

たとえば、曽我物(曽我兄弟による仇討を題材にした演目)とよばれる芝居において、兄の十郎には「千鳥」、弟の五郎には「蝶」文様が衣装のモチーフとなっています。古典『曽我物語』の一節から引かれたモチーフは、登場人物を衣装で説明しています。『菅原伝授手習鑑』に登場する松王丸・梅王丸・桜丸の衣装も、その名にちなみ「松」「梅」「桜」が使われているのは、役名と文様が結びついている代表例といえます。

また『仮名手本忠臣蔵』のクライマックスである討入りの場面には、主人公の大星由良之助ら四十七士が着ている入山形の火事装束が定着し、浪士たちの結束を観客に印象づけます。この袖の入山形のデザインは、「忠臣蔵」にあやかり「新撰組」の隊服にも取り入れられたという説もあります。

芝居のストーリーや登場人物についてを代弁する衣装の文様に注目してみてください。

1・松・桜・梅「菅原伝授手習鑑」
藤原時平に仕える「松王丸」、菅丞相に仕える「梅王丸」、斉世親王に仕える「桜丸」それぞれの名前にちなみ、「松」「梅」「桜」の文様が衣装にデザインされている。

2・団七縞「夏祭浪花鑑」
主人公団七九郎兵衛の衣装としてよく用いられる「弁慶格子」。太い縦縞と横縞をかさね、交差した部分を濃い色にしたもので、いわゆる「ギンガムチェック」である。芝居の人気にともない、柿色の弁慶格子は「団七縞」として流行した。

3・源氏車「義経千本桜」
御所車や牛車の車輪を図案化したものを「源氏車」と呼ぶ。源平世界の演目において、源氏派であることを象徴するように「源氏車」が衣装に使われている。

4・紙衣「浪花文章夕霧塚」
勘当された伊左衛門の零落した姿を表現するために、恋文の紙を着物にありあわせた様子をデザインしている。実際の紙衣は、防寒着として武将や僧侶たちにも重宝された。

5・麻の葉「芦屋道満大内鑑」
正六角形の幾何学文様で、大麻の葉に似ているところからその名がついている。麻は丈夫で成長が早いことから、子供のすこやかな成長を願って着せられることが多く、子役の衣装に用いられる。

6・濡れ燕「けいせい品評林」
燕が雨にぬれた様子を表現する文様。『浮世柄比翼稲妻』の「鞘当」の場面において、荒々しい不破伴左衛門が雷をモチーフにした衣装であるのに対して、名古屋山三の衣装は濡れ燕が定番。やさしく降る雨の中を優雅に飛ぶ燕が、山三の色男ぶりを表している。

役者と文様
役者絵とは歌舞伎芝居や役者の贔屓(ひいき/ファン)に向けて作られたものであると同時に、役者にとっても自らを宣伝する媒体の役割も担っています。人気を獲得し贔屓を増やすため、役者たちは名前にちなんだ文様をこぞって考案し、舞台の衣装にとりいれ、流行を作り出そうとしました。

それらの文様は浮世絵に描かれることで、呉服店などがその文様を取り扱うこととなり、そして贔屓の人々が着物や帯として身につけることによって、さらにその役者の名が広がっていくことになります。

浮世絵に描かれた役者たちが考案した文様は、現代の歌舞伎界においても、楽屋で着る浴衣や手ぬぐいなどに使われています。

1・市川家
市川家の家紋である三升を文様化しているのが「三升つなぎ」や「六弥太格子」である。三升とは大中小の升を入れ子にした物を上からみた様子とされている。「かまわぬ」とは、物事にこだわらない〈かまわない〉という意味の言葉を「鎌」「輪」「ぬ」で表現している。七代目市川團十郎が衣装に使い、その芸と意味が結びつき、市川家を象徴する文様として浮世絵に描かれている。

2・尾上家
「菊五郎格子」は、四本と五本線の格子の中に「キ」と「呂」の文字をあてはめ、菊五郎(「キ」「四+五」「五」「呂」)とよませる。菊のデザインをもちいている浮世絵も多くみられる。市川家の「かまわぬ」に対して、「良き事を聞く」の言葉を「斧」「琴」「菊」のモチーフで文様化したものもある。

3・芝翫縞
四本線とタンスの引き手である「鐶(かん)」をあわせて、「し」「かん」と読ませる。

4・イ菱
カタカナの「イ」を四方に配した菱。現代では中村鴈治郎家の定紋となっている。

5・松紋
三代目中村松江の「松」から、松の紋となっている。

6・り菱
嵐璃寛の「り」が、菱形の中に配されている。

7・吉菱
嵐吉三郎の「吉」の文字を菱形にしてつないでいる。


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