【四天 −衣裳と役柄–】
第95回企画展 2025年9月2日(火)〜2025年11月30日(日)
上方浮世絵館では、江戸時代の大阪で出版されていた浮世絵を展示しています。大阪の浮世絵は、おもに道頓堀で上演されていた歌舞伎に出演する役者たちを描いたもので、舞台の様子や役に合わせた衣裳で演じる姿を見ることができます。
歌舞伎の衣裳は役をあらわすだけでなく、舞台上をはなやかにいろどってくれます。花魁の重厚な俎帯や打掛、深窓の姫の豪華な振袖は観客を魅了し、武家の正装である裃や素襖は庶民を別世界へ誘います。なかには、歌舞伎の衣裳として独特の発展をとげた「小忌衣(おみごろも)」のようなエキセントリックなデザインも見ることができます。
そこで今回の展示では、歌舞伎独特の衣裳である「四天(よてん)」に注目します。捕手や軍兵などの大勢が揃いで着るものから、「馬簾(ばれん)」のついた豪奢なものまで、浮世絵を通してご覧いただきます。歌舞伎の衣裳から、当時の舞台のはなやかな色彩をどうぞお楽しみください。

国員 画
「姫競双葉絵草紙
(ひめくらべふたばえそうし)」
二代目片岡 我童(風間 八郎)
Performed by Kataoka Gado II (playing the role of Kazama Hachiro)
衣裳としての四天
四天とは、歌舞伎独特の衣裳です。着物の丈が短く裾の両脇に切れ目が入り、前身頃の衽がないのが特徴です。時代物に登場する大勢の捕手が着ていることが多く、色や柄によって「黒四天」「花四天」などと呼ばれます。
享和三年(1803)に発行の『絵本戯場年中鑑』(全三冊篁竹里著歌川豊国画)には「四天」が歌舞伎衣裳として紹介されており、同時期の大田南畝による『一話一言(補遺)』の「三座明鏡」にも同様の記述がみられます。
また主役クラスの役が着用する「四天」には、はなやかな文様が織りこまれた生地や、裾に金糸や銀糸を使用した「馬簾」とよばれる房を垂らしています。大きな動作にともない、ヒラヒラと房が揺さぶられ、役者の演技を派手に演出します。
役柄としての四天
四天は衣裳の名称としてだけでなく、捕手や軍兵が着用していることから転じて、それらの役柄を「四天」と呼称しています。
また、石川五右衛門のような大盗賊や主役級の勇ましい役にも四天は使用されます。こちらは「伊達四天」や「唐織四天」と呼ばれ、金襴や緞子を用いた豪華な衣裳は裾についた「馬簾」と相まってきらびやかなよそおいとなっています。
江戸時代は役者が舞台で鎧を着ることを禁じられたことから、「四天」はその代わりに着用したのが始まりという説があり、「四天」の下に鎖帷子を模した「素網(すあみ)」と呼ばれる歌舞伎衣裳を着ている役者絵が多いことも頷けます。
伊達さがりと四天
「四天」が歌舞伎独特の衣裳となることに先行して登場したのが「伊達さがり」です。相撲の化粧まわしのような装飾で、衣裳の下にしめて前に下げます。大股で着物の前がはだけた際に、「伊達さがり」の下につけられた「馬簾」が裾から見え、派手な見得や立ち回りを美しく飾っています。さらには馬簾つき四天の下に伊達下がりを重ねている場合も見られ、馬簾の房が倍増することで勇壮な演技が一層豪華絢爛に輝いたことでしょう。