第92回企画展

【敵役の魅力】
第92回企画展 2024年12月3日(火)〜2025年3月2日(日)

上方浮世絵館では、江戸時代の大阪で出版されていた浮世絵を展示しています。大阪の浮世絵は、道頓堀を中心に上演されていた歌舞伎に出演する役者たちを描いたものが多くを占めます。

歌舞伎の演技には、立役か女方か、敵役か道化方か、荒事か和事かなど、さまざまな決まりごとである役柄があり、役者たちはその役柄をふまえた演技が求められます。男性役者が老若男女を問わず演じる歌舞伎では、役柄は観客側にとっても重要な鑑賞ポイントでもあります。なかでも敵役が痛快に成敗されるストーリーは、歌舞伎には欠かせない設定です。

そこで今回の展示では、悪人を演じる役である「敵役」にまつわる芝居に注目します。敵役は、悪事の内容や身分によって分類されます。また、本当に憎らしい役もあれば、敵と思いきや実は…という本心が隠された役など、敵役もさまざまです。スター役者が演じる主役を引き立て、芝居を盛り上げる敵役の魅力を、役者絵でどうぞご覧ください。

多美国 画『仮名手本忠臣蔵』
初代中村鶴助(高師直)
三代目尾上芙雀(塩谷判官)

敵役の種類
歌舞伎の登場人物は、時代背景や身分、年齢・性別や職業によって分類され、芝居のなかで定番の存在として役柄があります。とくに「敵役」は、主人公であるヒーローたちと対峙し憎まれ役となるため、芝居の展開にはなくてはならない存在です。

「敵役」は、立役(男性役)の中に分類され、悪事の質や身分でさらに細分化されています。なかでも格が高く国家転覆を狙うようなスケールの大きな敵役を「実悪」。表面上は二枚目の色男でありながら実は女性を裏切る非道な役を「色悪」。「敵役」ではあるが、間が抜けてコミカルな三枚目の役である「半道敵」などが挙げられます。

また、女性役にも「敵役」は存在し、武家に仕える女中同士で対立する「継母敵」や、“馬の尻尾”と呼ばれる髪を下ろした姿が特徴の「悪婆」などが挙げられます。

芝居から生まれたさまざまな「敵役」は、恐ろしさを表す「藍隈」と呼ばれる青い隈取りや、力を象徴するかのような伸びきった毛の鬘など、扮装がわかりやすくなっています。「敵役」のキャラクターをぜひ見分けてみてください。

実悪 敵役の中でもスケールの大きい悪を企てる役柄。天下やお家の乗っ取りを企んだり、主人公を追い詰める冷血漢。『仮名手本忠臣蔵』の高師直や『伽羅先代萩』の仁木弾正が代表格。

色悪 敵役の役柄の一つ。色気のある様子で女性にモテる役であるが、自己の目的のためには女性を裏切り、手段を選ばない極悪非道な悪事に手を染める。『東海道四谷怪談』の民谷伊右衛門が代表格。

悪婆 女方の役柄の一つで、刃物を振り回したり、ゆすりなどの悪事を働く役。“馬の尻尾”と呼ばれる下ろした髪に格子縞の着物、妖艶な気だるさと粋な色気が混在する、魅力的な悪女である。『お染久松色読販』の土手のお六が代表格。

赤っ面 敵役の中でも顔を赤く塗った役柄。敵役の家臣や手下などの乱暴者であることが多い。『競伊勢物語』孔雀三郎は、惟喬惟仁両親王の御位争いに乗じて父名虎より国家転覆を託される。

本当に憎らしい・・・
芝居のストーリーを盛り上げるためとはいえ、敵役の非道な行いは目に余ります。

『仮名手本忠臣蔵』の高師直は、塩谷判官の妻顔世御前に横恋慕をするも断られ、その腹いせに塩谷判官に嫌がらせや罵倒をするという卑怯な手を使います。

『菅原伝授手習鑑』の宿禰太郎は、菅丞相を暗殺するため自分の妻の命まで利用するという非道な手段を取ります。

『神霊矢口渡』では、頓兵衛は新田義峰を捕らえるため、自分の娘であるお舟の命を犠牲にする強欲な父親として描かれます。
『夏祭浪花鑑』の三河屋義平次は、娘婿である団七の頼みも聞かず、恩人の恋人を金で売ろうとだまして連れ去ろうとします。

『敵討崇禅寺馬場』の生田伝八は、仇討ちにきた遠城治左衛門と春藤幾八郎との果たし合いに、偽って大勢の門弟とともに返り討ちにあわせています。
これらの敵役たちは、芝居のなかで成敗されることになるので、安心してお楽しみください。

憎まれ役が実は・・・
主人公と敵対する立場でありながら、実は味方についてくれている場合があります。

『菅原伝授手習鑑』の松王丸は藤原時平に仕える舎人であるのに対し、三つ子の兄弟である梅王丸と桜丸は菅丞相側でした。「車引きの段」では、敵対する構図を見せていますが、「寺子屋の段」では菅丞相の息子を助けるため、松王丸の息子を身代わりにし、菅丞相への恩に報いました。

『鬼一法眼三略巻』では、鬼一法眼は元は源氏の侍でありながら今は平氏に仕える身。館で下働きをする虎蔵が実は牛若丸であると見抜き、自らの正体が実は鞍馬山での恩師であることを明かします。法眼は息女の皆鶴姫に兵法の虎の巻を託し、それが婿となる牛若丸に渡ることを暗示して自害します。

『国性爺合戦』の甘輝(かんき)は、かつては明国に仕えていたが今は明国を滅ぼした韃靼王(だったんおう)の家臣。明国再興への協力を妻の異母弟である和藤内(わとうない)に求められるも、寝返ることはできないとことわります。しかし、甘輝妻の錦祥女(きんしょうじょ)は自害してまで弟への協力を夫に求めたことから、甘輝は和藤内とともに韃靼王を滅ぼすことを誓います。