【御殿物と女性たち】
2020年3月3日(火)〜8月2日(日)
上方浮世絵館では、江戸時代の大阪で制作された浮世絵を展示しています。大阪の浮世絵は、歌舞伎芝居の役者たちを描いたものが多く、道頓堀の芝居小屋を中心に上方で上演された舞台を、浮世絵を通して見ることができます。
歌舞伎の舞台は四季が豊かに表現され、上演も季節に合わせた演目が選ばれます。春の興行とくに三月は、武家に仕える女性たちが休みをもらえる月にあたり、「御殿物」や「助六」のようなはなやかな演目が「弥生狂言」として好まれました。
道頓堀の芝居では、十一月の顔見世興行の後は、「二の替り」と呼ばれる正月興行に続き、「三の替り」と呼ばれる春の興行がおこなわれていました。
そこで今回の展示では「御殿物」をとりあげます。「伽羅先代萩」などの武家を支える女性たちの活躍する芝居や、浮世絵に描かれる姿や役柄に注目します。芝居の春を、どうぞお楽しみください。
御殿物とは
歌舞伎の興行は、十一月を一年のはじまりとし、契約した役者を披露する「顔見世興行」が行われます。年が明けると大阪では「二の替り」の初春興行がおこなわれ、外題に「けいせい」をつける習慣がありました。その後、三月ごろに新たな芝居を上演する「三の替り」が行われ、春らしい演目が多く上演されました。
江戸では三月は大奥や諸大名の女中たちが「宿下がり」をする月にあたり、奥女中たちが登場する「御殿物」と呼ばれる演目がよく選ばれました。「御殿物」とは、公卿や武士などの邸宅を舞台とする演目で、女中たちに馴染みの世界でもありました。
「御殿物」の代表格である『伽羅先代萩』は、仙台藩伊達家のお家騒動を元にした芝居です。我が子を犠牲にしても主君を守り抜く政岡や、仁木弾正の妖術、男之助の荒事など、歌舞伎の醍醐味がふんだんに盛り込まれ、現代でも人気のある演目です。
片はずしの女性たち
武家に仕える女性たちを表現する髪型に「片はずし」とよばれるものがあります。笄とよばれる髪飾りに、髪を大きく輪のように巻きつけた髪型に描かれます。働きやすいようにまとめた髪も、笄をはずせば「下げ髪」にできるようになっている形を残している髪型です。
「片はずし」は、おもに武士の妻や武家に仕える乳人役などに使われるかつらで、『伽羅先代萩』の政岡もこの髪型です。この髪型の役は大役である場合が多く、このかつらを使う役柄のことも「片はずし」と称します。
「片はずし」の女性役は、武士である男性に負けず気骨のある女性である場合が多く、また辛抱強さや凛とした雰囲気を持ち合わせている大役です。一方、同じ武家の妻でも「下げ髪」の妻は、やさしげでみやびな様子となっています。
舞台の腰元たち
武家に仕える女性には「片はずし」だけでなく、「腰元」と呼ばれる役があります。「片はずし」役が奥向きを取り仕切る役であるのに対して、雑用をになうとされる役が「腰元」です。
『ひらかな盛衰記』の千鳥は梶原家の腰元でありましたが、源太と恋仲になり、のちに遊女に身を落としても源太を支えようとします。『本朝廿四孝』のぬれ絹は武田家の腰元で、身代わりを務めて切腹した偽勝頼の恋人でしたが、正体を隠した勝頼とともに長尾家に潜入します。
眉なしの化粧にお歯黒姿の「片はずし」にくらべ、島田に結い上げる若々しい「腰元」は、主人の側近くで雑用をになうため、信頼や愛を育むストーリーや、スパイとして潜入する場合に便利な役柄といえるでしょう。
はなやかな御殿
「御殿物」は、公卿や武士の邸宅を背景とするため、舞台の屋体には豪華な「御殿」が用いられます。家紋や絵画に彩られた襖、大広間が広がっているように見せる千畳敷、瓦燈口(かとうぐち)など、はなやかな建物を舞台にしています。