第56回企画展

浮世絵のわざ【ぼかし】
2015年6月9日(火)〜9月6日(日)

大阪で作られた浮世絵は、歌舞伎の舞台に出演する役者たちを描いたものが多いことが特徴です。約150年から200年近く前に作られた浮世絵は、いまでも鮮やかな色を保っているものもあり、当時の歌舞伎芝居をうかがうことができます。

浮世絵の中のはなやかな舞台は、多くの色を使うことによって表現されています。これらの色は、高い技術によって一枚の紙へ摺り重ねられています。精密な版木を制作する技術だけでなく、細部にほどこされる色まで正確に摺る技術は、浮世絵の色彩を支えています。

今回の展示では、浮世絵版画の色彩表現のなかでも、【ぼかし】について注目します。【ぼかし】は、空や海などの自然や陰影を色の濃淡で表現し、浮世絵の持つ色彩をより豊かにします。【ぼかし】による多彩な表現を、ぜひご覧ください。
第56回企画展芳瀧 画「傾城百萬國」


【ぼかし】の技術
浮世絵における【ぼかし】とは、濃い色から淡い色へと少しずつ移りかわっていくようにつけられた摺り方をさします。【ぼかし】は、“板ぼかし”を除いて、版木に【ぼかし】のために彫られたところが無く、摺師の技術によってつけられます。【ぼかし】摺りには技法がいくつかあり、ここではその方法を紹介します。

“ふきぼかし”は、水を含ませた布で版木をぬらし、また水分を含ませた刷毛の一部に絵の具をつけ、版木の上で水に絵の具が自然とにじんでいく現象を利用し、色の濃淡をぼかした方法です。

“一文字ぼかし”は、“ふきぼかし”の一種で、浮世絵の上部に横一文字に濃い色から淡い色へとぼかす彩色がされているものをいいます。他にも“あてなしぼかし”は、霧や雲など、とくに形の無いものを表現する際にもちいられ、「当てなく」ぼかすため一枚ごとに異なるぼかしに仕上がります。

対して“板ぼかし”は、版木の色をつけるための部分を、ななめに削ることによって、色の境界をぼかす方法です。“板ぼかし”は、なめらかな色の変化を見せるのではく、かすれたような表現になっています。

それぞれの【ぼかし】を、ぜひ比べてみてください。

【ぼかし】の表現
浮世絵は、一枚の紙に多くの色が摺り重ねられ、完成されます。浮世絵の着色には、色ごとに版木を必要とするため、その色数は決して多くはありません。しかし、【ぼかし】摺りを行うことによって、ひとつの色がなめらかに変化し、色彩を豊かにしています。

また【ぼかし】は、単に色を摺るだけでは表せない奥行きを、画面に与えてくれます。とくに自然の表現において、空の高さや水の透明感などは、【ぼかし】摺りがほどこされることで、その深みが増します。くわえて、描かれている役者たちが立つ舞台の世界観が、【ぼかし】によって無限に広がっていきます。

さらに、背景が詳細に描き込まれていなくても、画面下部の【ぼかし】は役者や人物が立つ地を表し、画面に安定感を与えています。

【ぼかし】摺りによってつくられる、浮世絵の豊かな色彩表現をぜひご覧ください。

【ぼかし】の装飾
【ぼかし】は、自然の奥行きなどを表現するだけでなく、その装飾性にもはなやかな彩りをあたえます。【ぼかし】は、ひとつの色が濃淡を表現することから、色数が限られる浮世絵のなかで、効果的な装飾となりえました。

また、【ぼかし】摺りは着物の文様にも用いられ、衣装が色彩豊かに色づけられています。元禄期(1688~1704)ごろに完成されていた友禅染の技法は、自由な着物の意匠を可能にしました。着物の【ぼかし】染めは、美しい濃淡が繊細にほどこされます。浮世絵の【ぼかし】摺りは、これら着物のデザイン性をうつしとり、当時のファッションの一端を見ることができます。

【ぼかし】摺りがみせる、当時のデザイン性にもご注目ください。